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『サンタクロース』のモデルとなった人物は…?サンタさんの着る『赤い服』の意味

歴史・文化

サンタクロースのモデルとなった人物は…?




サンタクロースといえば、白いヒゲに赤い服、赤い帽子という感じですが、



このサンタさんのモデルはいったい誰なんでしょうか…?



セント・ニコラス〔聖ニコラス〕(270年~343年頃)



銅像や写真によって少し印象が違うのですが…



ローマ帝国時代の小アジア〔現在のトルコ。アジア西端の地中海沿岸〕で生まれた、




セント・ニコラス〔聖ニコラス〕というギリシャ人で、3世紀後半~4世紀前半ごろ実在したキリスト教の司教(しきょう)〔ある司教区(教会組織)を監督する役職〕がモデルとなっているようです。


現在、セント・ニコラス〔聖ニコラス〕と思われる遺骨は、南イタリアのバーリ〔サン・ニコラ聖堂〕に安置されています。

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セント・ニコラスがどうして『サンタ・クロース』に…?




セント・ニコラスがサンタ・クロースと呼ばれるようになるまでには長い歴史があったようなのですが定説によりますと…


ニコラスは生前、子ども達をはじめ、商人やたくさんの貧しく弱い立場の人たちを救っていたということなのですが、ニコラスの死後もその噂はヨーロッパ中、そして世界中に聖人(せいじん)〔セント。世の模範として尊敬されるような人〕として広く知れ渡っていったそうです。



その中でも特に有名な伝説になるのですが、貧しさのあまり3人の娘を身売りしなければならなくなった家族に、こっそりと聖ニコラスが窓から金貨を投げ入れたら、暖炉わきに干していた靴下に入ったそうで、そのお金により家族は幸せに暮らす事ができた…


というような話が世に知れ渡ります。


何となく、私たちの知っているサンタさんに近くなったような気がしますね…





そして、セント・ニコラスの命日12月6日は、『聖二コラスの日』として、オランダやベルギーなどヨーロッパでは昔から子供にプレゼントを贈る習慣があったと言われています。




セント・ニコラスをオランダ語にすると『シンタ・クラース』のような発音になるそうなのですが、アメリカに移住したオランダ人の訛り(なまり)などがきっかけとなり『サンタ・クロース』と徐々に呼ばれるようになったのではないか…?


というのが、サンタクロースと呼ばれるようになるまでの定説となっています。



サンタさんはどうして赤い服を着ているの…?




セント・ニコラスは司教であったというお話は先ほどしましたが、当時、聖ニコラスが着用していた祭服(さいふく)〔儀式などで着る服〕は赤色だったと伝えられています。




この赤色の意味は、決死の覚悟で人々を幸せにするということで、血液の色である赤を着用しているとも言われているようです。


古い時代の話のため所説あり、本当かどうかは分かりませんが、実際にセント・ニコラスと思われる遺骨をX線で調べたことが過去にあったのですが、何者かに殴打されたのか、鼻の周辺が酷く骨折していると言われています。



当時、ローマ帝国下でキリスト教への迫害(はくがい)〔弱い立場の者などを追い詰めて、苦しめること〕があったとされる時代背景もあるので、

(コロッセオ)




決死の覚悟だったのは本当なのかも知れませんね…



※ローマ帝国では反抗的なキリスト教徒は敵対視〔皇帝を神としない。教徒増加の危惧などにより〕されたともいわれており、定かではないのですが、ローマのコロッセオ(円形競技場)の見せしめ〔火あぶり、猛獣処刑など〕にされていたとも言われています。




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