江戸時代の暮らし

今回は小学生の皆さんでもわかるように、「江戸幕府(えどばくふ)」と「江戸時代の暮らし」について楽しく学んでいこうと思います。
社会の授業で聞いたことがあっても、「将軍ってどんな人?」「結局なにをしていたの?」と気になる人も多いはず。
このブログでは、将軍の仕事・江戸の人々の暮らし・当時の楽しい文化まで、わかりやすく紹介します!
江戸幕府ってどんなもの?

江戸幕府は、今から400年以上前の1603年に、徳川家康(とくがわいえやす)という人がつくった政府〔国の仕組みつくるところ〕です。
場所は、今の東京都(とうきょうと)のあたり。当時の名前は「江戸」でした。
それまで日本は、いろいろな大名(だいみょう)〔昔の日本で、自分の土地を持っていたえらい武士〕たちが戦っていた「戦国時代」。
しかし家康が勝ってからは、戦いがほとんどなくなり、平和で長く続いた時代がやってきたのです。
その期間はなんと約260年! 世界でも珍しいほど長く続いた「安定の時代」でした。
将軍ってどんな仕事をしてたの?

将軍(しょうぐん)は、国をまとめるリーダーです。
天皇は京都にいたので、将軍は政治を動かす実質的なトップでした。
将軍の主な仕事はこんな感じ👇
- 大名たちをまとめる
- 法律を決める
- 江戸のまちを整える
江戸城(えどじょう)が将軍の住まいだったので、そこから日本中にこのような命令を出していました。
つまり、江戸幕府は「江戸城を中心に動く国の指導者の集まり」みたいなものですね。
葵紋(あおいもん)とは?〔徳川家の家紋〕

徳川家(とくがわけ)という将軍の家のマーク(家紋:かもん)のことです。

〔フタバアオイ〕
三つのアオイの葉を丸で囲んだ形をしていて、徳川家の力や家を表す「家のしるし」でした。
江戸の人たちはどんな暮らしをしていたの?

武士(ぶし)

戦うだけでなく、町を守ったり、政治の仕事をしたりする人。刀を持っていました。
農民(のうみん)

お米や野菜を作っていた人。みんなの食べ物を支える大事な役目でした。
職人(しょくにん)

物を作るプロ。お皿や着物、家などを作っていました。
商人(しょうにん)

お店をして物を売る人。江戸のまちはこの人たちでにぎわっていました。
とくに「町人(ちょうにん)」と呼ばれる職人・商人たちは、楽しい文化を生み出しました。
今の日本にもつながるファッション・食べ物・エンタメのルーツがここにあるんですね!
江戸の面白いルールと制度
江戸幕府には、ユニークなルールもたくさんありました。
参勤交代(さんきんこうたい)

大名たちは自分の国と江戸を1年ごとに行ったり来たりしなければなりませんでした。
これで幕府は全国の大名をうまくコントロールしていたんですね。
まるで「リーダー研修」のような仕組みです。
鎖国(さこく)

〔長崎湾の出島の景色〕
外国との行き来を制限して、国内を安定させるための政策でした。
その中でも、長崎の「出島(でじま)」だけは特別で、オランダや中国との貿易が許されていたのですが、こうした制限のもとで、日本ではほかの国にはない独自の文化がゆっくりと育ったと言われています。
江戸の人たちは何を楽しんでた?

平和な時代が続いたからこそ、江戸の町では文化や遊びがたくさん生まれました。
- 食べ物:
今の「寿司」や「天ぷら」は、この時代の屋台がはじまり。 - 遊び:
花見、歌舞伎、見世物など、人々の娯楽(ごらく)が発展。 - 町のようす:
日本橋や浅草は当時からにぎやかな場所で、買い物やお祭りも盛んでした。
江戸のまちは、まるでテーマパークのようににぎわっていたんです!
江戸幕府のかんたん年表

〔将軍在任時の徳川慶喜〕
- 1600年:関ヶ原の戦い(家康が勝つ)
- 1603年:徳川家康が征夷大将軍に! 江戸幕府スタート
- 1867年:徳川慶喜(よしのぶ)が政権を返して幕府が終わる(大政奉還)
こうして江戸時代は終わり、明治時代が始まります。
江戸幕府クイズにチャレンジ!
- 江戸幕府を作ったのはだれ?
- 江戸は今のどこの都市?
- 士農工商のうち、物を売るのはどのグループ?
(答え)①徳川家康 ②東京 ③商人
まとめ:江戸幕府は日本の文化の土台!

江戸幕府は、戦のない平和な時代をつくった幕府です。
将軍や武士たちのルールのもと、町人や農民が力を合わせて、今の日本文化の基礎をつくりました。
もし自由研究で「江戸時代」をテーマにしたいなら、「町人の暮らし」や「江戸の食文化」などを調べるのがおすすめ!
家族や友達などと博物館に行ってみたり、江戸風のイラストを描いてみたりしても楽しそうですね!













